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どんな自分もわたし!~野中提灯~

2021年04月17日
みなさんこんにちは~

飛騨エシカルの室です。

今回は飛騨市の中心地飛騨市古川町向町へ取材に行って参りました。

どうぞご覧ください。


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令和3年 4月13日㈫ 天気 くもりのち雨

「私ねやりたいことがあくさんありすぎるの(笑)」

提灯のお話から、手作り草履やインカ帝国の話まで色んなお話を聞かせて下さった楽しい取材のはじまり。

快く引き受けて下さったのは提灯職人の野中早織さん。




神岡出身の野中さんは、飛騨古川に嫁いで22回目の春を迎える。

元々は、建築関係の仕事をしていたが、10年前に途絶えてしまった、伝統工芸の古川提灯に興味を持ち2017年に、飛騨市で代々続いてきた

「白井提灯」最後の職人、数川寛子氏の指導の下、修業を続け独立を志した。



週2回、師匠を野中さんの作業所まで送迎し習い続けること2年。

飛騨市の「郷土工芸品産業技術後継者育成事業」プロジェクトの応援もありながら、見事に伝統技術を習得し現在に至る。

独立してからは、今年の4月1日でまるっと1年、2年目に入る。

コロナ渦ということもあり祭りがない為、今はそんなに忙しくない。

それでも修理を待つ提灯達がいくつかぶらさげてあった。


一言に提灯といっても色々なサイズ、形、柄、文字がある。

地域や家柄によって文字や模様も多種多様。



飾らない家も増えてきたが、古川祭りや町内の祭りで多く使用されるのがナツメ型の提灯。




組み立てから、和紙を張る作業、文字を入れまでの作業など全部で10工程ほどを全部一人で行う。

3~4個をまとめて作り約20日間ほどで出来上がる。

使われている部品や材料の1つ1つにもこだわりがたくさん詰まっている。

提灯の上下についた黒いわっかを重化という。





重化は山桜の木を丸く曲げて作る。



現在、職人さんんがほとんどいない。

高山市の桜山にいる曲げわっぱ専門の職人さんに頼んで特別作ってもらっている。

つなぎ目の部分は桜の皮で編み込んであり、ボンドでくっつけてしまえば楽な箇所をあえて小さな木の杭で打ち付けてあったりと細部まで職人のこだわりが詰まっている。


そして黒く塗る作業は高山の仏壇店に野中さん本人が交渉し塗ってもらっている。

提灯に張られる和紙は飛騨市河合町で作られているこれまた、伝統工芸品の山中和紙。

提灯を支える大事な骨組みの竹ひごは、材料の入手が困難になっていてネットで散々探し、やっと見つけたところが廃業し、また見つけたところは太さが違うので自分で細くしたりと手間がかかっている。

1つ1つのどれが欠けても、完成しない究極の伝統工芸品が野中提灯なのだ。



野中さんは、竹ひごの組み立て方がとても難しくてどうやったらうまくいくのか知りたくて、提灯を専門で作っている所に直接電話をして、
作り方のコツなどを聞いたりもした。

「便利なものがあってね~くるくる巻き付けたら簡単にできるのよ~」と言ってくる人もいたが、

(私が知りたいのはそこじゃない・・・)と野中さんは思い何件も電話をかけた。

1件だけ野中さんと同じように竹ひごで1本がけをして作っている所が福井県にあった。

福井は学生時代にバイクのツーリングで何度も訪れた場所だったので、すぐに分かった。

そこの提灯屋さんに何度か行って竹ひごのコツなどを教えてもらい今でも交流は続いている。


これは東海テレビが取材に来た時に説明で使用した竹ひごを巻いている途中のもの


職人の世界は独立して終わりではない。

一生勉強し続ける者こそが、生き残る世界なのかもしれない。

でも、時代が進むにつれて提灯の作り方を変えている所もたくさんあるようだ。

「どんなに楽な方法で作ることができても、師匠から教えてもらったやり方はずっと変えることはない。

便利さを優先して代々続くやり方を絶やしたら継承した意味がない。

もし習いたいという人が来たら、私はまた同じやり方で教えて道具もすべて預かっているのでそれをまた引き継ぐだけ。

私で終わりではなくてずっと続いてほしい。」


師匠からそのまま引き継いだ道具の数々、どれも年季が入っている



元々物作りが大好きで、ちょっとやってみようかなという気持ちでやり始めた提灯作り。

でも、いざ足を踏み入れたらとても楽しくてもっともっと深く学びたくなった。

そして、独立した今も尚、貪欲に学び続けている。

基本的に休みはない。

昼間は、りんご園の仕事をご主人とやっている。



間引きや袋詰めなどはパートさんも一緒にやったり、最近では9月頃からりんご飴の販売もしていてとても忙しいようだ。


袈裟丸りんご園で採れたりんごで作ったりんご飴


りんご飴以外にも新商品が今後出るかもしれないとのこと。

そして、2級建築士の資格保持者である野中さん。

図面依頼なども仕事の合間にこなしている。

伝統工芸の継承者であること自体がすごいのに、何足もわらじを履いているので、話を聞けば聞くほど野中さんって何者なんだろうという思いが私の中で湧き上がってきた。

そこで、最後に2つ質問をしてみた。

(どれが本当の野中さんなんですか?)


そうすると、さらっとこんな応えが。。。

「どれもあたし!何をやっても楽しいの~♪りんご園も提灯作るときも、手芸とか家族とわぁわぁ言っとる時も、1人で好きなことしとる時も楽しい!」


(伝統工芸がこれからどんどん衰退していく中で、逆にそういったものへ関心も深まりつつありますが、これから継承しようとする若者たちへ何かアドババイスはありますか?)


「継がならんって思うとプレッシャーになるけど、興味があることがあったら、色々チャレンジしてみるといい。

絶やさんようにっていう想いは根底にあるけど、楽しむことが1番!!楽しくないと続かんでな~」

興味があることを色々やっていたらこうなっていたとう野中さんはとても自然体で生き生きとしていた。



春になると桜が咲き荒城川が見える野中提灯の作業場。

古川祭りの時には提灯が灯り神様が通る道となる。

取材の日には、ゆらゆらと落ちる桜の花びらがとても綺麗だった。


作業場から見える景色は、季節の移ろいも楽しむことができる

最高の場所で、提灯を作り続け趣味の手芸もする。

野中さんには、これからもやりたいことがいっぱいある。

野中提灯の作業場は、宝箱のようにこれからも野中さんの好きなものがどんどん作られていく場所になるだろう!

(完)

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「生きている限り死ぬまで提灯は作らならんな~」

最後の最後にそう応えてくれた野中さんの言葉には、伝統工芸を引き継いだ者の責任と強い意志が感じられ柔らかい雰囲気で始まった取材がいい意味で引き締まり私も一人の人間として生きていく意味と責任感みたいなものを考えさせられる取材でした。

野中さん!!
改めまして取材のご協力ありがとうございました~!!





野中提灯と袈裟丸りんご園のインスタグラム
https://instagram.com/kesamaru_apple?igshid=1ienceoxnbsz















  

Posted by エムルーム妻 at 13:32Comments(0)伝統工芸